考察とか感想とか疑問とかSS

あんしゃんぶるしゅたーず!

怪談を書きました (Valkyrie)

ゔぁるきり〜怪談「白椿」

 

むかしむかし山をひとつ、ふたつ越えたところに小さく、貧しい村がありました。以前はこの村は非常に美しい湖があり村の人々はそこで獲れた魚を糧に生活していましたが、むやみやたらに魚を捕りすぎたせいで、いつしか湖からはすっかり魚の姿が消えてしまいました。それからというもの村の人々の生活は一変し、毎日食べるのもやっとのこと。その上疫病が蔓延し、村の人々は暗くて厳しい毎日を送っていました。
村の人々の不満は積もる一方で、村長は常に頭を悩ませていました。
ある日村長は湖のほとりで村の状態を良くするにはどうしたら良いのか考えていました。
この村は貧しく、作物を育てるにも適さない地。都会へ出稼ぎに行ってくれていた若者たちは疫病に苦しんでいます。どうしてだ、どうしてこんなことになってしまったんだ。いっそこの湖に自分も身投げしてしまおうか。そう村長が考えていた時、湖のそばに小さな祠があることに気づきました。そういえば村長が小さい頃、村の言い伝えでこの湖には龍の神様が宿っていると両親に聞いたことがありました。湖があ干上がってしまった今、祠は古びて今にも崩れそうになっていました。村長は思いました。
こうして湖が干上がってしまったのも、自分たちが龍の神様を蔑ろにした罰ではないのか。村長は思いました。村に信仰を取り戻そうと。村長は思いました。その為には―― 生贄を神さまに捧げようと。

さて、問題は誰を生贄にするかです。村にもはや女子供はわずかしかおらず、いきなり神様のために子供をささげて欲しいとお願いしても村人の反感を買うだけでしょう。

そこで村長は村の外れに変わり者の青年が住んでいることを思い出しました。

その男は人ぎらいで、よその国と交流を持ち、他の村人とほとんど交流を持っておらず、村人たちからは煙たがられていました。さらに数年前から青年の家に流れ者の子供が居ついてからというもの、青年が村人と関わる事はほとんどなくなっていました。

この子供がまた気味が悪いのです。子供の目は片方が黄色のひとみ、片方が青いひとみと左右違う色でした。村の人々はそのひとみを見てこんなものは今の今までみたことがない、まるで化け物のようだ、とおぞましく思っていました。

村長は青年がこの子供を厳しく叱り付けているのを何度か見たことがありました。

この子供は身寄りがないし、青年にもひどく疎まれているようだ。この子供を生贄にしてしまえば何の問題も無いだろう。誰からも必要とされていない子供だ。むしろどこの誰かわからない者の食い扶持を減らす事ができるし、あの子供の瞳はまるで悪魔のようだ。そうだ、あの子は悪魔の化身なのだ。あの子のせいでこの村は飢えている。あの子がいるからみんなが不幸せになるのだ。あの子がいるから。

 

村長は村のものを集め、青年がよその国に出かけているあいだに子供を生贄に捧げることにしました。村人たちは夜遅く、青年の住む屋敷を訪れました。屋敷は鬱蒼と生い茂る深い森の奥にあり、蔦に覆われひっそりと佇んでいました。どうやら、子供は既に寝ているようです。

村人たちはこっそり屋敷に忍び込むことに成功しました。屋敷はこじんまりとしていましたが、飾り棚には見たことのないような綺麗な人形、絹の糸を丁寧に編んだ敷物、絡繰仕掛けのうつくしい時計と、村人たちの貧しい暮らしからは想像もできないような調度品で溢れていました。それらを見て、村人たちは激しい怒りと嫉妬の感情に襲われました。自分達が苦しんでる間もこいつらはよくものうのうと。豪華な暮らしは独り占めか。病める人々に富を分け与えようともしないで隠し持っていたのか。誰かが西洋の絵付けの大皿を床に叩きつけると堰を切ったように他の人々も美しい品々や家具を破壊しはじめました。さすがに家の中も騒がしく、子供は眠りから目覚めました。子供は怯えました。青年が大切にしている物が無残なまでに破壊され、美しい暮らしが、完璧な作品が、火をつけられて、誰かが自分の手を掴み、引き摺り回され、罵られ、目隠しされ、縛られ、嬲られ、一体どうしてこんな目に、助けて、神様。

 

村人たちはすっかり興奮しきっており、正義と秩序の名の下に悪魔の家を破壊し、生贄を得たことに酔いしれていました。彼らは湖に子供を運びました。子供は"神様への生贄"らしく見えるよう、淡く化粧を施し、疫病で死んだ村人の娘の綺麗な着物を着せられました。その頃にはすっかりな諦めたように子供は大人しくなっており、その姿はまるでかわいらしい人形のようでした。

村長は生贄の儀を執り行い、子供を湖の龍神に捧げるため、祭壇に上げました。

月の光に照らされた湖の水面が子供の目を爛々と輝かせ、村長を黙って見つめます。

その瞳は深い絶望と、悲しみを湛えていました。村長はその瞳に自分がじっと見られることに耐えられず ーー、子供の瞳を抉り取り、湖に突き落としました。村人たちは黙ってそれを眺めていました。村長はこれでこの村は安泰だ、と宣言し、皆それぞれ帰路につきました。

空にはひっそりと三日月がのぼる、静かな夜の日のことでした。

 

青年はよその国から帰ってくると、自分の家の変わり果てた姿に愕然としました。それに子供の姿もどこにも見当たりません。家の中の調度品は破壊しつくされ、誰かの血痕も残されており、明らかに暴力の限りが尽くされた光景が広がっていました。彼は激しく怒り、村人たちに詰め寄ります。しかし、村の人々は皆頑なに口を閉ざし、一体子供がどこに行ってしまったのか、なにが起きたのか、結局のところわからずじまいでした。青年は深く悲しみと怒りと絶望に暮れました。己があの時留守にしていなければ、と後悔の念で自分を責め続けました。

彼は酷く傷つき、さらに家に引きこもるようになりました。

 

青年は人形師でした。よその国で精巧に作られた美しい人形を売ることでなんとか生計を立てていたのです。家の中の調度品は家族が残してくれたもので、子供とふたり、食べていくのがやっとでした。

孤独で深い悲しみの中にいる青年は、一体の人形を作ることにしました。

それは一緒に暮らしていた子供を模したもので、砕かれた西洋の陶磁を溶かしなめらかな肌を作り、絹糸でしなやかな髪とまつ毛を作り、自ら繕った綺麗な服を着せてやりました。

眼窩には片方に月の光を閉じ込めたような琥珀を、もう片方には湖のように深くきらめく瑠璃を。髪には中庭に咲いていた白い椿の花を簪に。

まるで生きているようなその人形は、完璧な美を備えた、青年の最高傑作でした。

 

しかし人形が完成すると青年はさらに苦しみを覚え、あくる日湖に出かけ、それきり戻りませんでした。しばらく青年の姿を見ていないと思った村長は、青年の屋敷を訪れてみることにしました。屋敷は朽ち果て、変わり果てた姿でした。中庭を訪れてみると、白椿の花が綺麗に咲いています。椿の木の下に誰か腰掛けているのを見つけ、声をかけましたが返事はありません。近づいてみると人ではなくそれは人形でした。あの日目を抉って湖に沈めた子供そっくりの。村長は思わず叫んで逃げ出そうとしましたが、その人形の目に宝石がはめ込んであることに気づきました。この宝石を売れば暮らしが楽になる、そう思った村長は宝石の瞳を外し、家に持ち帰りました。

 

その晩のことからです。

村長の家の扉から、かりかり、かりかり、まるでなにかを引っ掻くような、不思議な音が夜な夜なするようになりました。最初は鼠の仕業かと思っていたのですが、決まって夜中の12時になるとそのかりかり、かりかり、爪でひっかく音が外から聞こえてくるのです。扉を開けてみるとそこには誰もいません。

 

それは満月の夜の日のことでした。

また12時になり、かりかり、かりかり、外から音が聞こえてきます。村長はまたか、と気にせず寝ようとしましたがそのうち何か誰かが外で話しかけてきていることに気がつきました。

聞こえてきます、おれの目、どこいったん、おれの目、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、おれの、おれの目、かえして、かえして、かえして!かえして!かえして!かえしてかえしてかえしてかえして!

 

声は一晩中鳴り止むことはありませんでした。

それからというもの、満月の夜になると声は聞こえ続け、村長は気も体もすっかり弱ってしまい、疫病であっけなく死んでしまいました。

村長が手に入れた宝石は一体どこへ行ったのか。それは誰も知りません。

ただ、その村の家では満月の日には夜な夜な扉をひっかき、かえして、と囁く声が聞こえてくるそうです。

なんとも不思議なことに。

 

 

 

白い椿…花言葉 完全なる美しさ